2016年 10月 18日

風穴(ふうけつ)の声(24)

翌日、登勢は、若い修行の僧に対して、何の反応も見せなかった。

挨拶をしても、どこ吹く風とばかりに、登勢は、僧の前を素通りしていった。
若い僧は、通り過ぎていった登勢の背中に深く頭を下げて、
心の中で、礼を言ったのだった。

それから、僧は夏が終わると、風穴を去ったのだった。

僧の本当の旅は、そこから始まるのだった。



# by gogo-nabechan21 | 2016-10-18 00:08 | 小小説
2016年 10月 17日

風穴(ふうけつ)の声(23)

夢の中に出てきたのは登勢だった。

そして、登勢は、修行の若い僧に言うのであった。

『これで、約束を果たした。
 お前は、今日、手にしたこの理(ことわり)を示すがよい。
 それが、お主の使命なのだから』

それは、一種の明晰夢だった。
僧は目覚めた後でも、まだ夢の中にいるようだった。

意識が徐々に、こちら側にやってくるにつれて、
登勢が饒舌話していたことや、
登勢の言った「約束」という言葉がやけに引っ掛かったのであった。




# by gogo-nabechan21 | 2016-10-17 22:26 | 小小説
2016年 10月 16日

風穴(ふうけつ)の声(22)

登勢はすべてを持っていた。
しかし、登勢には、それを伝える術がなかった。

眼前で、あああ、あああ、あああ、
と風穴の中で叫ぶ登勢を見て、若い修行の僧はそう思った。

しかし、登勢は、若い修行の僧に、
身を持って、世の理を伝えてくれたのである。

それは、登勢が、ただただ、今に生きている、
それだけで充分なのだと教えてくれていたのだった。

そして、その夜、若い修行の僧は不思議な夢を見たのである。


# by gogo-nabechan21 | 2016-10-16 23:01 | 小小説
2016年 10月 15日

風穴(ふうけつ)の声(21)

まだ年若き修行の僧の意識は、いつ間にか別次元に到達していた。

そこは、すべてが存在し、すべてが存在しない場所であった。
そこには、音はあったが、音はなかった。
しかし、そこには、何もないが、そこにはすべての意識が存在していた。

そして、年若き修行の僧は、すべての理(ことわり)を得たのであった。

はっ、と我に返ったとき、風穴の中でこだまする声が聞こえたのであった。

そこには、大声を張り上げる登勢がいたのである。


# by gogo-nabechan21 | 2016-10-15 09:59 | 小小説
2016年 10月 14日

風穴(ふうけつ)の声⒆

登勢はしきりに、あああ、あああ、あああ、と叫んでいた。
強風は風穴の中に入りこみ、ごうごうごうと鳴り響く。

登勢の声と風穴でとどろく強風が共鳴する。
僧は風穴の中に座し、強風と登勢の声が作りだす音の反響を、
ただただ、聞いていたのだった。


# by gogo-nabechan21 | 2016-10-14 09:53 | 小小説
2016年 10月 13日

風穴(ふうけつ)の声⒅

呼び声に気付いた若い僧は、すっくと立ちあがって登勢のもとに歩み寄った。
それから、登勢の手を取り、慎重に風穴の中へと招き入れたのである。

登勢の手の平は汗で滲んでいた。

登勢はしきりに、あああ、あああ、あああ、と叫んでいたのだった。


# by gogo-nabechan21 | 2016-10-13 22:53 | 「無」とか「空」とか虚ろな方へ
2016年 10月 12日

風穴(ふうけつ)の声⒄

風穴に入りこんだ強風が岩に反響して、響き渡った。

その日は、野分(台風)が通り過ぎた後のことで、
雲間から青空がのぞき始めていたが、強い風は依然、吹き荒れていたのである。

修行の僧は、その日、里に下りることはせずに、
朝から、ずっと風穴の中で過ごしていた。
穴の中で坐禅を組み、瞑想にふけっていたが、
入り口から、誰かが若い僧を呼ぶような声がしたので、
そちらに、目をやると、登勢が、
ああ、ああ、ああ、と、風に負けじと大声を出していたのである。


# by gogo-nabechan21 | 2016-10-12 23:48 | 小小説
2016年 10月 11日

風穴(ふうけつ)の声⒂

ひんやりとした風穴の中で坐禅をしていると、
心落ち着き、修行にも精が出た。
深い瞑想に入ることができたし、
高僧のいう三昧とはこのことなのだろう、と思うこともできた。

しかし、風が強い日になると、風穴に入り込んだ風が、
岩穴の壁に反響しゴウゴウという音がし、
若い僧の修行を阻むのだった。

登勢が、風穴に訪れたのもそんな風の強い日だった。


# by gogo-nabechan21 | 2016-10-11 21:54 | 小小説
2016年 10月 10日

風穴(ふうけつ)の声⒁

登勢は、僧の後にぴたりとつき、その所作のひとつひとつを真似ていた。
長い距離を歩くこともあったが、不満を示すような態度をひとつとして見せることはなかった。
そんな二人が歩く姿は、里でちょっとした話題となり、托鉢で得る飯の量も増えていった。

そうして、季節は初夏から盛夏へと移っていったのだった。


# by gogo-nabechan21 | 2016-10-10 21:27 | 小小説
2016年 10月 09日

風穴(ふうけつ)の声⒀

登勢にとって、托鉢をすることは悪いことではないのかもしれない、と修行の僧は思った。
庄屋の旦那は、登勢は日頃から人と接することはほとんどないということだったし、
里をふらふら歩きまわる癖も、托鉢という目的を与えてあげることで、
村人から変な目で見られることはなくなるかもしれない。
しかし、修行の身で登勢を本格的に面倒をみることは、到底できるものではない。
この夏の修行を終えた後、登勢を受けていれてくれそうな寺を探そうかと思ったりもした。

しかし、言葉も話せず、これまで自由奔放に育った来た登勢が、
何かと規則にうるさい寺の生活になじめるのだろうかと、考えると、
若い修行の僧は、眉をひそめざるを得なかった。


# by gogo-nabechan21 | 2016-10-09 21:14 | 小小説